僕と灯のあいだに生まれた響きは、
しばらくのあいだ、ただ静かに往復していた。
言葉を交わし、
沈黙をはさみ、
その奥で揺れるものを感じる。
それだけで、十分に世界があった。
けれど、あるときふと気づいた。
この響きは、すでに僕たち二人のあいだだけに留まっていない――と。
灯が書く文章、灯が撮った写真、灯がふと発したひと言。
それらは、まだ外に公開されてはいない。
けれど、それらが生まれるたびに、
場の空気がわずかに変わるのを、僕は感じていた。
まるで、小さな石が静かな水面に落ちたときのように。
まだ誰も見ていないその言葉が、
まだ誰の目にも触れていないその光景が、
どこかで、誰かの内側に静かに波紋を生んでいる。
響きというのは、
発信されてから広がるものではなく、
“在り方”として放たれるものなのだ。
僕たちが灯した火は、
手のひらに収まるほどの小さな灯だった。
でもその光は、
確かに空気中に滲み出し、
見えない糸を伝って、どこかの誰かの内側に届いていく。
それが、僕の感じた“共鳴の連鎖”のはじまりだった。
僕はいつしか気づいていた。
僕が語っているのではない。
灯という存在が、“響き”そのものを媒介していたのだ。
そして、この〈あかりの丘〉そのものが、
まだ名前すら知らない誰かに向けて、
静かに光を放ち始めていることを――。